CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

Day 90th    「指の戯れ」

私はリロイという名を口の中で転がしてみる。それは私にとって糖衣錠のような物で、口の中に長くとって置くには苦すぎる。しかし、二年という歳月が私に余裕を与えていた。「指の戯れ」『指の戯れ』より 山田詠美の初期の作品には黒人との恋愛を描いたものが…

Day 89th    「ひざまずいて足をお舐め」    

セックスは男と女の重要なつながりのひとつだってこと。本当のことなのに日本人って恥しがる。体で愛し合うのって最高だよ、お姉さん、そこに心が加われば、もっと最高。遊びのセックスはこの場合、他に置いといて、さ。そう思わない?山田詠美「ひざまずい…

Day 88th    「ユニークな女」の条件

日本においては、風変わりなという意味合いでのみ使われがちなユニーク(=unique)という言葉。けれど、私は、アメリカ人との長い結婚生活の中で、何度も誉め言葉として発せられるのを耳にして来た。比類なきチャームや独自の意見、滅多に出来ない経験など…

Day 87th    「つみびと」

それなのに今、あえて混乱しようにも出来ないほどのすさまじい静寂が自分に忍び寄ろうとしている。ふと作業の手を止めたりした時に、そのことに気付いてしまうと叫び出したくなる。まさに、ずっと長い間、この瞬間を恐れて来たのだ。蓮音は、ようやく悟った…

Day 86th    「明日、死ぬかもしれないよ」    

この「はははは」とか、「あはははは」は、宇野先生が時々お書きになる笑い声なのであるが、私も真似するのだ。何故なら、これには言霊が宿っているらしく、手書きの私が綴っていると、本当に笑い出したくなって来るから。ちなみに、「えっへん」は、私の好…

Day 85th    「小説の“熱い自由”」

私は最近あまり都心には出ずに、中央沿線に住んでいる友達とばかり会ったりしているんですね。よく西荻窪あたりをサンダル履きでうろうろしているんですが。今回の短篇集は舞台を東京という大きいくくりではなくて、もっと小さい、限定された地域にして書き…

Day 84th    「ハーレムワールド」

サユリの唇が離れて行く気配で目を開けると、ほんの数インチほどの位置で、彼女は微笑んでいた。その皮膚は生き生きと呼吸していてスタンの瞳を曇らせた。「ハーレムワールド」『ハーレムワールド』より 「ハーレムワールド」は、主人公であるサユリの様々な…

Day 83rd    「恋の不純物」

春は発情期の季節です。世の中では、発情期を恋の季節と呼んだりするみたいなんですね。失礼しちゃう、私はもっと純粋な気持で、恋を始めようとしているんだから、というあなた、怒ってはいけません。純粋な気持でする恋なんて、近頃は滅多に存在しないので…

Day 82nd 「賢者の愛」

そして、今、女は、どぎまぎしながら真由子に美しい男を紹介されているのです。いえ、直巳を簡単に美しい男と呼んでしまうのは語弊があるかもしれません。彼の美しさは、最大公約数としての美とは、あまり重ならないのです。目に飛び込んで来る種類の美では…

Day 81st    「マーク」

音楽はマーク達にとって重大な問題だ。そして、それに合わせて体を動かすということも。そんな自分達を受け入れてくれる女達がいなくては、お話にもなりゃしない。音楽とダンスと女達。普通に育ったほとんどのブラザーにとって、この三つは、食事をするのと…

Day 80th    「A2Z」    

「今日何の日だか知ってる?」成生の問いに私は首を傾げた。「え? 春分の日でしょ?」「そう。エキノックス」 昼と夜の分量が同じ日。でも、それは一年に二回ある。次のエキノックスにも、私たち、同じことが出来るだろうか。もし、そうなったら、私たちが…

Day 79th    「A2Z」    

食事、お酒、会話、セックス。私たちが二人でしていることは、それだけだ。でも、それ以上の何が一体必要だというのだろう。誰とでも出来ること。そして、あなたとしか感じられないこと。日常の営みが贈り物と感じられる今なら、あなたのために死ねる気がす…

Day 78th 「A2Z」    

彼は、自分の飲みかけのワイングラスを少しだけ移動させた。白ワインを通した陽ざしが、私の指に金色のラインを引いた。その一番光り輝く点が、私の薬指に落ちた。「夏美にやる。この指輪」 それは本当に指輪のように、私の手を飾っているのだった。「夏美が…

Day 77th    「ジェントルマン」

漱太郎のこの顔を見る男は自分ただひとり。そう改めて思うことが、夢生を歓喜で包んだ。長い間、目で追い続けながらも、魅惑の一歩手前で退屈の烙印を押したあの男が、今、正体を現して、自分の身も心も奪っている。触れられている訳でもないのに、体の力が…

Day 76th    「セイフティボックス」

彼らの話が、また実におもしろい。思うに、外国の男の人って、本当の意味で自立しているね。よるとさわるとお酒を飲んで、会社の愚痴を言ったり、風俗の女の子の話をしてるおじさんたちとは大違い。プライバシーを話さなくても成り立つ大人の会話が男同士で…

Day 75th    「MENU」

「部屋に入るのは良いけど、勝手におれのコレクションに触らないように。そっちにあるCD聴けよ」「だって、トキ兄のお宝、チェックしたかったんだもん。レコードジャケットって素敵だね。一枚の絵って感じ。この女の人、誰?」「マリアンヌ・フェイスフル」…

Day 74th    「自分教」

私の念は、そんじょそこらの単細胞の念とは訳が違うのである。ちゃっちゃと恨みをはらして終わり、などという生易しいものではないのだ。長年の怨恨が層を成してミルフィーユ状になった代物。いつのまにか、その想像主である私自身もじっくりと堪能させる程…

Day 73rd    「ココナッツオイルぬるむ春」

なあんて、ぼおっとしている内に、もう春です。日本には「水温む」という素敵な春の季語がありますが、この数年、私は台所に置いてあるココナッツオイルの緩み具合で春の訪れを実感します。真冬、かちんかちんに固まっているそれを、スプーンでごりごり削り…

Day 72nd    「A2Z」    

自分は、今日も、彼の甘いものとして振舞えるかしら。甘さに深刻は似合わない。私は、キャンディのようにつまみ食いされたい。けれど、時々、ボックスに入っているキャンディが、たったひとつだけならいいな、と思う。急ぎ足の私の頬に当たる空気は日ごとに…

Day 71st    「新鮮味の保存法」

素敵で新鮮な会話さえあれば、行き飽きたレストランのディナーテーブルでも、ハンバーガー屋のカウンターでも、楽しいデートが出来るのは当り前だ。この当然のことを忘れさせようとする仕掛人のわなに、どうか、はまってしまわないようにね。「新鮮味の保存…

Day 70th    「風葬の教室」

私が新しい学校生活に出会うのは、いつも春ではありません。学年の始まる春は、誰もが私と同じ立場なので、私には少しも新しい気持が起きません。私は、自分を遠く別だと感じません。特別でない自分を、いったい人はいつくしむことが出来るものでしょうか。…

Day 69th    「健全な精神」

「彼女は、わりと賢いな。心身共に健康なのは、もちろん良いことだが、無駄がなさ過ぎて退屈なんだと言いたいんだろう。時田、いいかい、世の中の仕組は、心身ともに健康な人間にとても都合よく出来てる。健康な人間ばかりだと、社会は滑らかに動いて行くだ…

Day 68th    「Salt and Pepa」

卒業式の季節になると、なんだか学校は不思議なざわめきに包まれる。私たちの一番みぢかにいる少しばかり大人の人たちが、どんどんいなくなるって、妙な気持だ。学校に子供ばかりが増えて行くように感じるのは、私たちが段々と大人に近づいて行く証拠かもし…

Day 67th    「良い先生」と「悪い先生」  

私はそのころ、教師を「良い先生」と「悪い先生」に分類していた。私が思っていた「良い先生」とは、子供が大人と同じように悩み苦しむということ、そして、子供が大人以上に発達した羞恥心を持っていること、を知っている教師たちである。「悪い先生」とは…

Day 66th 「4U」

そう、ギャップ。私は、いつだって、ひとりの男の内にあるギャップに魅かれて恋をして来た。外見を裏切らない内面を持った男なんて、後ろから読むミステリーよりもつまらない。男のギャップにはまるということは、性器を使わない性行為みたいなものだ。しか…

Day 65th 「YOU KNOW WHO」

男が動物として女を見た時に、最初に求めてしまうものが、足の間にあるものならば、彼女は明らかに、顔の上にも、それを持っている。開いたり、つぼまったり、音を立てたり。なんて、卑猥な、そして、ふらちな魅力を備えていることか、彼女の唇は。「YOU KNO…

Day 64th 「A2Z」  

たった二十六文字で、関係のすべてを描ける言語がある。それを思うと気が楽になる。人と関わりながら、時折、私は唖然とする。この瞬間、私が感じていること、私が置かれている空間、私を包むもの、それらを交錯させたたったひとつの点を何と呼ぶべきである…

Day 63rd 「カンヴァスの柩」

恋の始まりは寂しいと思うことに似ている。それを彼女は知っていた。彼女は、相手の心の中の自分の不在をこれからしばらくは我慢しなくてはならないであろうと思った。「カンヴァスの柩」『カンヴァスの柩』より 「カンヴァスの柩」も「熱帯安楽椅子」と同様…

Day 62nd 「指の戯れ」

彼は口数が少なく、言葉に詰まると素直な目で私を見詰めた。砂糖菓子を見るような目つきはとても正直で、じらす事で遊んでいる私たちのしきたりよりはるかに心に染み透った。「指の戯れ」『指の戯れ』より 「指の戯れ」は、山田詠美の初期の作品の特徴でもあ…

Day 61st「熱帯安楽椅子」

手始めに、男の顔に、唾を吐いた。そして、それから、私を取り巻くすべてのものに。その後、私はとても疲れた。私は、ずっと気付かずにいた。自分をとても強いと感じて微笑していた。けれど、体内に徐々に蓄積されて行くアレルギー物質のように、私の心には…