2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧
私は格調高く話をすることが、本当、苦手である。日本語の品格というものを、小説にすべて使ってしまってるので、喋り言葉ときたら、ただのねーちゃんである。このエッセイも、ただのねーちゃんだけでやっている私。読者の皆さんも呆れかえっていることでし…
私は守られている。そして、それが私の求めた結末なのだ。アイダは夫の手を握り返した。夫の手は大きくてやさしく、未知の部分がなかった。私はこれが欲しかったのだ。彼女は自分にそう言い聞かせた。それにしてもロドニーの声や匂いは、昔の日々に対する欲…
ここにいれば、少なくとも彼は一個の人間だった。彼は少しの刺激で泣いてしまいそうに感じていた。たとえ彼が、このよれよれの上着のかわりにタキシードを着ていても、彼の気持は、いつも泣きそうなのだった。 山田詠美「オニオンブレス」より 「オニオンブ…
昔のアルバイトの話だけど、沖縄へ行って、それで一緒に写る男の子がすごく素敵な人だったの。三宅一生なんか来て。ああ、カッコいいと思って、こういう人と付き合ってみたいなと思ってたらさ、撮影のときに赤いふんどししてきたのね。黒人だよ。こういう人…
その得体の知れないものの愛弟子になるであろうことを予見したのは、仁美が、わざずか七歳の時でした。後に、心太に、そのことを打ち明けてみたところ、彼は、ゆるぎない調子で言ったのです。じゃあ、おれは、兄弟弟子にに当たる訳だな。惚れ惚れとしました…
腰、動かすだけなら動物と同じだよ。人間なら、もっと脳みそ使ってセックスしてごらん。五感をフル回転させなきゃね。感覚って使わないと退化して行くものなんだよ。 「ひざまずいて足をお舐め」より 小説家になる前、SMのお店で働いたこともある山田詠美…
不倫関係のドラマなどを見ていると、愛人が、泣きながら、奥様に申し訳なくて、などと言ったりする。嘘だろ? 申し訳ない気持があったとして、だからこそ、それが二人の快楽を引き立てているんじゃないのか。その瞬間、申し訳なさは、道具である。どうせ泣く…
クラブJの側にあるホテルのシーツの隙間で、二人は、ようやく打ち解けた。ひと息ついて、くすくす笑いが始まると、恥も外聞も失くなる。バーでの約束された会話など、途端に色褪せる。感じたことしか口にしない。感じたいことしか口にしない。一番難しいの…
眠る。食べる。排泄する。そして、セックスも含めたあなたの日常のすべてが、私のオーガズムを組み立てる。そのことを糧にして私もまた、日常を生きている。 山田詠美「ダミアン」より パリを舞台とした写真小説集。小説というよりも、どちらかというと散文…
「ローバちゃん」「ゆーりちゃん」「私たちはうさぎ——」 二人の主題歌が誕生したとばかりに、ロバートは有頂天になった。 「ラビット病」より 山田詠美の結婚小説として有名なのは『チューイングガム』だが、『ラビット病』も結婚小説として知られている。ア…
東京には、もてる男ともてる女がとっても少ないような気がするなあ。 格好のいい人間というのも少ないよね。お洒落な人や綺麗な人は東京にはうんといるけど、ひとりで歩いているだけで格好のいい男や女がいない。どうしてかなあ。皆、他人の目を気にし過ぎて…
彼女の涙は熱帯の雨に似ているとティエンは思う。降り続く雨の中で彼は身動きもできない。ただ立ちすくんでいる。雨は激しい。それを受け止める彼の皮膚は痛みを覚える。雨粒は粉々に砕けて体じゅうをつたう。彼は、悲しいと感じ、そして、その悲しみは彼女…
父親がいない子供は不幸になるに決まっている、というのは、人々が何かを考える時の基盤のひとつにしか過ぎない。そして、それは、きわめてワイドショウ的で無責任な好奇心をあおる。良いことをすれば、父親がいないのにすごいと言い、悪いことをすれば、や…
何故、リックは、愛を上手くいかせてくれないのだろう、とココは思う。どうして、心まで気持ち良くしてくれないのだろう。そんなのは、簡単なことのように、彼女には思える。側にいて、触らせてくれればいいのだ。側にいて触る。自分の体に彼の心が流れ込む…
私、セックスって、すごく重要なもんだと思うの。だから、色々な人が文学にしたがるんじゃないかしら。女はおずおずと言う。そうかなぁ、と男は呟く。でもねぇえ、セックスは重要よ! と叫んでる女流作家となんか、ぼくはやりたくないねえ。女は、その言葉に…
栄は、どんどん、私に愛情を使わせる。湯水のように無駄づかいさせる。けれども、私は、いつだって潤ったままだ。何故なら、彼自身も都合の良い男になって、私に愛情を注ぎ込むのをやめないから。人のために自分を差し置くのを信条とするような出来の良い人…
映画館でボーイフレンドと手を握り合い心を熱くするところから始める彼女たちは、大人のようにはしたなくはなかった。マム、始まりはキスよ、ベッドからじゃないのよ。そして、男の人が必要なのは暑い夏じゃなくて、暖めてもらいたい冬なのよ。 山田詠美「PA…
私は彼の体に快楽を与え始めた。私の唇は熱されたクレヨンのように溶けて、彼の体に容易に絵を描いた。黒いキャンバスは私をはじかない。私の髪の毛は彼と私の間で孤独に漂泊する。彼は、僕に与えてくれと私に懇願する。私は、そのせつない様子に感動して涙…
男の良さはどこで決まるのだろう。そう彼女は考える。彼女は愛し合っている最中に、恋に落ちるかもしれないと囁いた。けれど、本当はそうでないことを知っている。ムゲンで自分を引き止めた彼の目は真剣だった。この人、私に関心を持っている。そう気づいた…
私の周りを取り巻く女友達は、皆、とても大人で、人を傷つけて来た後悔を、せつない気持で抱えているから、始まりかけた恋には、少しばかり臆病だ。新しい恋に落ちる時、それは、彼女たちにとって、いつも初恋だと私は思う。 山田詠美「バック ステージ」より…
さまざまな恋の痛みで破損した心は、時がやさしく蘇生させてくれる。そして、新しくふさがった傷口が多ければ多い程、人は他人に思いやりを持てるもの。なかには、それを上手く活用出来なくて捨てばちな関係ばかりを追い求める愚かな女もいる。けれど、私は…
人生よ、私を楽しませてくれてありがとう。母方の曾祖母は、九十六歳で息を引き取る間際、愛用のスケッチブックにそう書き残した。そのラストメッセージは、彼女と関わりを持つすべての人に語り継がれて行き、理想的な人生を締めくくったひと言として、羨望…
「涙が出るほど、恋しいのは、発情期だからよ。お互いがお互いを欲しいと思うから、せつない気持になるのよ。それが男と女よ。まだ肉体的なつがなりを持たない関係ならなおさらよ。信頼関係ってのは、寝てみて、初めて生まれるものなのよ」 山田詠美「花火」…
私は人間には大人と子供という分け方があるのだといつも思います。それは、もちろん実際に年齢をとっているかどうかということとは関係がありません。あの人は子ども、あの人は大人。私は自分にとって少し簡単すぎると思われる授業の時は、いつも人々を大人…
あなたはあなたよ。そんなふうに慰める時の彼女は、大人びているけれども決してお姉さんぽくはない。彼女は、妹のような存在や、どこかに連れ立って歩く仲間のような友だちを持たない。彼女はいつもひとりで独立している。他人にすり合わせて、糸を引かせる…
女は若けりゃいいなんて言う日本の男を見ると、ああ、おいしいもんを知らないなって思っちゃう。ましてや、処女じゃなきゃ結婚したくないなんていうのにいたっては、なんてこったい、だよね。自分が最初の男になるより、いろいろ付き合った男の中で自分が最…
私は男に食べさせる。それしか出来ない。私の作るおいしい料理は、彼の地や肉になり、私に戻って来る。くり返していると、どんどん腕は上がる。彼の舌は、私の味に馴染んで、もう、満腹になればそれで良い、なんて言わせない。 山田詠美「夕餉」より 短編小…
新しい年の仕事は、マカデミアナッツのチョコレートを口に入れることから始まった。ハワイ帰りの時田さんのお土産だ。 山田詠美「A2Z」より 2023年の2月からAmazon Originalドラマとして配信が予定されているドラマの原作。第52かい読売文学賞を受賞したこ…
こらえている様子というのが、男を一番魅力的に見せる、とわたくしは思う。それが、どのような原因からであろうとも。魅力はクロスワードパズルのように徐々に完成されて行く。こらえている額、こらえている眉、こらえている口許などなど。 山田詠美「姫君」…
今日は誕生日なので東京タワーに上りました。誕生日を迎える人は、入場料がただになるのです。特別扱いされている感じが嬉しくて、あたしは、上京して以来、必ず足を運んでいます。 山田詠美「LOVE 4 SALE」より 今は残念ながらそういったサービスは行われて…