小説『A2Z』
二人の間で、口づけは、いつも不測の事態。そして、永遠にそうでありたい、と感じた。山田詠美「A2Z」『A2Z』より 何度もこのブログで言っているかもしれないが、山田詠美の『A2Z』は、おしゃれな恋愛小説だとぼくは思っている。でも、単におしゃれなだけで…
「今日何の日だか知ってる?」成生の問いに私は首を傾げた。「え? 春分の日でしょ?」「そう。エキノックス」 昼と夜の分量が同じ日。でも、それは一年に二回ある。次のエキノックスにも、私たち、同じことが出来るだろうか。もし、そうなったら、私たちが…
食事、お酒、会話、セックス。私たちが二人でしていることは、それだけだ。でも、それ以上の何が一体必要だというのだろう。誰とでも出来ること。そして、あなたとしか感じられないこと。日常の営みが贈り物と感じられる今なら、あなたのために死ねる気がす…
彼は、自分の飲みかけのワイングラスを少しだけ移動させた。白ワインを通した陽ざしが、私の指に金色のラインを引いた。その一番光り輝く点が、私の薬指に落ちた。「夏美にやる。この指輪」 それは本当に指輪のように、私の手を飾っているのだった。「夏美が…
自分は、今日も、彼の甘いものとして振舞えるかしら。甘さに深刻は似合わない。私は、キャンディのようにつまみ食いされたい。けれど、時々、ボックスに入っているキャンディが、たったひとつだけならいいな、と思う。急ぎ足の私の頬に当たる空気は日ごとに…
たった二十六文字で、関係のすべてを描ける言語がある。それを思うと気が楽になる。人と関わりながら、時折、私は唖然とする。この瞬間、私が感じていること、私が置かれている空間、私を包むもの、それらを交錯させたたったひとつの点を何と呼ぶべきである…
新しい年の仕事は、マカデミアナッツのチョコレートを口に入れることから始まった。ハワイ帰りの時田さんのお土産だ。 山田詠美「A2Z」より 2023年の2月からAmazon Originalドラマとして配信が予定されているドラマの原作。第52かい読売文学賞を受賞したこ…