CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧

Day 59th    「恋はプラトニック・セックス」

恋人が欲しいからと言ってする恋なんて恋ではありません。気が付いたらおちていた、というのが恋というものです。だから、恋にトラブルはつきものです。人間の感情がここまでコントロールできないものかと人は初めて気が付きます。で、冷静になろうとするの…

Day 58th「サヴァラン夫人」

食べるもので、その人の本質が見える。その真理から、相談者の行く末に助言を与える。これが夏子さんの占いの肝なのです。それまでのフォーチュンテラーになかった形態は人々を夢中にしました。夏子ファンの輪、急速に広まる! 「サヴァラン夫人」『珠玉の短…

Day 57th 「ベッドタイムアイズ」

スプーンと視線が合った瞬間、私は自分の思っていた事を彼に悟られたような気がして下を向いた。再び顔を上げた時、彼は私の視線を捕え出口の方へそれを移動させた。私はそのまま何かにとり憑かれたように立ち上がり、連れの男にレストルームで用を足して来…

Day 56th「BAD MAMA JAMA」

出会いはいつも視線から始まる。自分のことを欲しがる男の視線に女は敏感だ。それが、自分の体だけを欲しがっているのか、おまけに心も欲しいのか、そのくらいを見分ける訓練は充分に積んで来ている。そして、その、欲ばりな視線だけが、他を選り分けて自分…

Day 55th「瞳の効用」

私は、小説の中でも、最初の出会いの場面で、いつも男と女に目を使わせる。目は口ほどに物を言うとは、昔のことわざだけれど、ほんと、そう。目は人間の体の器官の中で、一番、動物的な光を放つ部分であり、また、何よりも人間味を滲ませる部分でもある。生…

Day 54th「こぎつねこん」

私も死ぬのが恐い。けれど、想像がつかないからではないのだ。私が死を恐れるのは想像がつくからなのだ。私自身のことではない。私の周囲にいる人、とりわけ私を好きでいてくれる人の嘆きようが想像出来るから怖いのだ。彼らは、きっと泣くだろう。あの呑気…

Day 53rd    「始まりはいつもシャンパンの栓」

あの直木賞発表の晩、浴びるように飲んだドン・ぺりニョン。シャンパンとしての味の価値は、まったくわからない小娘の私でした。しかし、仲間たちとかけがえのない喜びを分かち合う酒としてのドン・ペリニョンの味は、学ぶことができていたのです。どんなシ…

Day 52nd    「血も涙もある」

私の趣味は人の夫を寝盗ることです。などと、世界の真ん中で叫んでみたいものだ。たぶん四方八方から石が飛んで来るどろうけど。そして、この性悪女! なあんて、ののしられたりする。不倫の発覚時には、何故かこういう古めかしい罵倒語が復活するから驚きだ…

Day 51st    「声の血」

ぼくは記憶をたどる。すると、うっとりと雫を垂らした思い出が、ぼくの内側から外に流れ出し、あまりの恍惚に、ぼくの目を閉じさせる。ぼくが、あの人との情事の素晴らしさを知るのは、いつも残された記憶の中でなのだ。恋は盲目と言うけれど、まさにその通…

Day 50th

それにしても、いつ彼らは心を通いあわせたのだろう。言葉はかわされなかったはずだ。もし、話をしたのなら、ぼくが目を覚まさないわけがない。それでは、見詰め合っただけで恋に落ちたのだろうか。そんなことがあり得るのだろうか。金色のクリームだ。彼は…

Day 49th

私は恋に落ちた男女が共有できる部分について考える。体を重ねる瞬間、お互いに見詰め合う瞬間、囁きに我を忘れる瞬間、冗談に笑い合う瞬間。私たちは、体も心もひとつになったと感じることだろう。しかし、本当に? 思いが交錯し重なり合うひとときがいった…

Day 48th

でも四年で人間の恋愛って終わるんですってね。アメリカの女性学者が最近出した説、知ってます? 四年で恋愛が終わって、たいていの人は子供とか社会的な状況でクリアしていくんだけど、恋心はそのまま続かないということを、DNAが証明しているんですって。…

Day 47th

閃きだけでは成り立たないのは、小説も同じであるが、漫画には、もっと別な技術がいるように思う。絵の技術はもちろんんだけど、飽きないでいられる技術っていうのかなあ。上手く言えないけど。私は、漫画を描いていた頃、ストーリーだけで作って満足してし…

Day 46th「ジェシーの背骨」

彼の手は洗濯機のせいで冷たく湿っていた。その手が彼女の首筋を撫でる時、彼女は石鹸の匂いを嗅いだように思う。外の空気で冷たくなっていたリックの体が彼女の体温を吸い始めた時、彼はやっと彼女の恋愛教本にある正しい翌朝の過ごし方を実行し始めた。「…

Day 45th「ルーシィ」

アパートメントのドアを開けるとき、サオリは部屋の中から流れ出てくる空気が朝とはまるで違ったものに変化しているように思う。彼女の本当の人生の準備が既に部屋の中でなされているようにすら感じる。彼女はひっ詰めていた髪をほどいて、首をふる。すると…

Day 44th「「顰蹙」買えたら、作家は一人前」

私、思うんだけど、今は文学だけじゃなくて、ファッションとか音楽もサンプリング文化でしょう。完璧に新しいものって見つけるのがすごく難しいと思うよ。多様化させるという技術で小説を書いている人が多くて、今やっている子の方が結構大変じゃないかな。…

Day 43rd「ジェントルマン」

でも、ぼくには見える。きみが自ら選んだこの場所が、二人を最も近づける空間。そこに仮設された懺悔室。その存在が、ぼくには見える。 告解をするのは、きみ。それに耳を傾けるのはぼく。カソリックと違うのは、ぼくが神父ではなく、迷える子羊の方だという…

Day 42nd「アイダに似てる」

あなたの人生に何があっても、絶対に私が守ってあげる。そういう気持を肉親以外の人間に持つということは、滅多にないことだ。それが、たとえ、愛している男でもあっても、である。一生の内に、そんな気持を持つことのできる他人に何人、出会えるか解らない…

Day 41st「蝶々の纏足」

十六にして、私、人生を知り尽くした。そんな筈、ないけど、とにかくそう思い込んだ。その時、私にとっては人生っていったい何だったのだろ。男に付随してるすべてのもの? セックスやお酒や煙草や肉体にもたらせる甘い快楽なんかの、少し面倒臭くてもしてお…

Day 40th「珠玉の短編」

そう、格調高さは敵である。夏耳漱子というペンネームも、文豪をちょいとからかってやるかい、とふざけて付けたのである。 山田詠美「珠玉の短編」より 山田詠美は実に様々なタイプの小説を書いている。それらの小説はいくつかの系統に分かれると思うのだが…

Day 39th「明日、死ぬかもしれないよ」

私は、一九五九年二月八日、東京都板橋区で生まれた。もちろん、三島由紀夫ではないので、その時の記憶があるとは書かない。彼は自伝的小説「仮面の告白」の冒頭で、産湯をつかわされた盥のふちの水のことを書いているが、本当かな? もしそうなら羨ましいと…

Day 38th「賢者の愛」

まだまだつたないところは沢山あるけれども、ずい分と人の気を引く所作を身に付けた、と感慨深い気持になるのです。あのフルートグラスの掲げ方のあだな感じなんて、たいしたもの。そう思いついて、彼女は、吹き出したくなってしまいます。あだなんて言葉は…

Day 37th「つみびと」

子供の名前を考える時、ほとんどの親が子の幸せを願うものだと思う。あれこれと迷いながらも満ち足りている筈だ。この子には明るい未来が待っている筈、と確信に近いものを持って胸を高鳴らせる。たとえ何の根拠もなかったとしても。山田詠美「つみびと」より…

Day 36th「ファースト クラッシュ」

初恋は、しばしば「ファースト ラブ」と訳されるけれども、そこでイメージされる淡い酸っぱい感じとはとは全然違うと私は感じている。少なくとも、私の場合違っていたということだ。可愛らしく微笑ましいものなんかじゃなかった。それは、相手の内なる何かを…

Day 35th「アニマル・ロジック」

誰だって、どこかに棲みついている。魚が海や川に棲むように。ライオンがアフリカの大地に棲むように。憎しみや愛情が人の心に棲むように。 山田詠美「アニマル・ロジック」より 山田詠美初の書きおろし長編小説「アニマル・ロジック」は、差別について真っ…

Day 34th「ヒンズーの黒砂糖」

恋は、おいしいお酒や洒落た会話などから生まれるのでは決してないのだ。いつも、それは、うっかりしていたら、何かが心に引っ掛かってしまった、というような偶然から端を発するのだ。 「ヒンズーの黒砂糖」より 『24・7』は詠美の初期の短編集なのだが、ぼ…

Day 33rd「唇から蝶」

彼女はカップを、日差しにかざした。ワインには光の粒が沢山溶けているように見えた。「一杯の川の水と一杯のワインにはどちらにいっぱい太陽が入ってるでしょうか」 ぼくは首をかしげて彼女を見た。「わかんないの?」「きみはわかるの」 彼女や首を横に振…

Day 32nd「成人向き毛布」

初めてベッドを共にした時から、私たちの体は、蜂蜜のような甘い糸をひき合っている。決して満足しないたれ流された快楽をひきずって生きている。 「成人向き毛布」より 山田詠美の魅力はなんといってもその表現だ。ぼくはそれを詠美節と勝手に呼んでいるの…