CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧

Day 120th「マーヴィン・ゲイが死んだ日」

この人は、姉の死をどのように取り扱って明るさを取り戻したのか。いや、思えば、通夜の時から明るかった。明るく嘆き悲しんでいた。その様子が、周囲の人々の心を重苦しさから救ったのは確かだ。一家にひとりいたら迷惑かもしれないが、一族にひとりいたら…

Day 119th「マーク」

「ひとりの男には、必ず、一曲のラブソングと、一瓶の香水の思い出がついてまわるものよ」「マーク」『フリーク・ショウ』より 元々、ぼくはそれほどソウルミュージックというものに親しみがなかった。しかし、山田詠美と出会ってから、意識してソウルミュー…

Day 118th「彼女の等式」

「なんていうか、きみって、ペン入れする前に、スクリーントーンを貼ったほうな、あるいは、消しゴムをかける前に、ホワイト入れちゃったようなそんな印象を受けますね」 ギャフン、である。意味不明の人物描写である。「彼女の等式」 幻冬舎文庫『120%COOO…

Day 117th「百年生になったら」

まだ見ぬ幸福の予感は、人をとてつもない充足にいざなう。冬のさなかに見つけた春の花の固いつぼみが、常に彼女の内にいて、花開くのを待っている。「百年生になったら」文春文庫『タイニーストーリーズ』より 『タイニーストーリーズ』は様々なタイプの短編…

Day 116th「ウァッツ テイスティ?」

苦しみは、喜びを引き立てる。そういう意味で、彼は、快楽主義者だった。安定と身を焦がす恋を同時に手にしようとして、自分をひりひりする場所に立たせていたのだ。「ウァッツ テイスティ?」 幻冬舎文庫『チューイングガム』より 「チューイングガム」は、…

Day 115th「健全な精神」

「そりゃ、いいわよ。安心出来るわ。でも、男と女のことに関しては、どうかしら。つまんないわよ、あんまり健やかなのってさ。体が健全なのは基本なのよね。健康な肉体って素敵だと思う。特別な好みを持つ人もいるけど、たいていの人は、健康な肉体に性的な…

Day 114th「恐怖のバリ島三人組編」    

しかし、南の島に着いたばかりって、本当に水着が似合わない。それなのに、日がたつにつれて、どんどん似合う肌の色と体型、そして姿勢になって行くのよね。鏡でそれを確認して喜んでいた私はナルシスト? そうかもしれない。太陽の光、そして日の影は、どん…

Day 113rd「否定形の肯定」

さて、人は、何故、恋愛の最中に否定ばかりしてしまうのであろうか。そして、その否定は、何故、皇帝の言葉であってはいけないのであろうか。そして、その否定形の肯定を最も多く用いるのは日本人であるようだ。日本語ほど、否定をもって肯定を強調する言語…

Day 112nd「ME AND MRS. JONES」    

「体はね、お菓子のようなものなのよ。心はね、パンのようなものなのよ。ベイビー」「ME AND MRS. JONES」 幻冬舎文庫『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』より 「ME AND MRS. JONES」は、心と体の問題を考えるのに、実にうってつけのテキストだと…

Day 111st    「道徳より公衆道徳」

御仕着せの道徳教育では、真の道徳心など育たない。だって、それは、ひとりひとりが親を始めとする大人たちを見て、自分の力で発見して行かなくては、自身に取り込めないものだから。「道徳より公衆道徳」幻冬舎文庫『4 Unique Girls 特別なあなたへの招待状…

Day 110th「ボディ・ジャッキ」

自分が相手を愛しているのと同じ量だけ、相手が自分を愛してくれているのだろうかという不安は、誰もが持つものである。ロバートもそうだった。こんなに、ゆりちゃんのこと好きになっちゃったけど、彼女は、意に介さないみたいに平然とした様子で、ロバちゃ…

Day 109th「魅力的な無作法」

食事をしている時、男の子の唇にソースが付いた。私は茶目っ気を出して、そのソースおいしいのと彼の唇に付いたそれを手を伸ばして指ですくって舐めた。すると、その男の子は、にやりと笑って、こう言った。「唇に付いたソースは唇ごと味わわなくてはわから…

Day 108th「セイフティボックス」    

だいたい校則なんてものは、大人になって考えれば、ゴミみたいなもんですよ、はっきり言って。先生は人間としてのモラルだけ生徒にサジェストすればいいだけで、こんなの決めるだけ、時間の無駄だと思う。人間の格を決めるのは、こんな規則なんかじゃないっ…

Day 107th「ひざまずいて足をお舐め」

「ちかと申します。この世界のこと右も左も解らない新入りです。忍お姉さん、色々とお世話をかけることと思いますが、よろしくお願いいたします」 私はその礼儀正しさにちょっと感動したね。だって、その時は、まだちかが、面倒臭い時は礼儀正しく振る舞って…

Day 106th「ジェントルマン」

おれの目を通して見えるものは、その辺の奴らのとは違うんだ。ほら、抽象画を描く画家が時計を見ると、ぐにゃりと曲がって視界に映るようにね。反対に言えば、ぐにゃりと曲げられない時計におれは興味なんてない。ぼくはダリの絵を思い浮かべる。画布に固定…

Day 105th「蝶々の纏足」    

「ねえ、その煙草、私にも吸わせて」 いつのまにか麦生が手にしていた煙草を私は奪い取って口にくわえた。吸い口は麦生の唾液で濡れていて甘かった。「私の体の味がする」そう言って私は潤んだ目で麦生を見た。私は、この時、「酔う」ということを初めて覚え…

Day 104th「山田家が始まった」

人を理系と文系に分けるのは、あまりにもざっくりとしていて、大雑把に過ぎるとは思う。けれど、この先、何が待ち受けているか解らない子供はともかく、未来より過去の分量が多くなった大人に関しては、分類は出来るかも。「山田家が始まった」講談社『私の…

Day 103rd「つみびと」

生きて行くのなら、それが良い。死んで行くのなら、それも、また良し。そんな心持ちで辿り着いたのは、廃屋めいた納屋だった。私は、その隅にムシロを重ねて自分の寝ぐらを定めた。 「つみびと」中公文庫『つみびと』より 日経新聞の夕刊に連載され、社会問…

Day 102nd「ME AND MRS. JONES」

「男の体を求めるのは最初の半年でいいの。それから後は心が欲しい」「ME AND MRS. JONES」 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』より 前にこの「ME AND MRS. JONES」を紹介した時にも書いたが、この作品にも山田詠美の心と体の問題に触れるような…

Day 101st    「堤防」    

私は、自力で何かをするという才能に恵まれていない。それが私の劣等感を形作っている。そして、私は、その劣等感の存在を認めつつ今日まで来てしまった。後一歩というところで、私は、いつも、すべてを諦める。私には、能力以上に発揮出来ることが、何ひと…

Day 100th「正直と嘘とだましだまし」    

だいたいさ、大人は自分に正直にならなくていいの。まず他人に正直になることが大事。それを貫いていれば、やがてきっと、正直な人としての信頼を勝ち取ることが出来る筈。「正直と嘘とだましだまし」幻冬舎文庫『4 Unique Girls 特別なあなたへの招待状』よ…

Day 99th「セイフティボックス」    

なんだか、久し振りに日本の街並みを見ると、あまりにも整然としているので不思議な気持ち。着いた途端に花粉症の症状が出てしまった私はくしゃみを連発させながら、コニーとボーイフレンドにニューヨークの話を聞かせていた。「セイフティボックス」 講談社…

Day 98th「ファースト クラッシュ」    

そう、不憫、みなし子、しがない、足手まとい……私を泣かせる用語たち。のっぴきならないなんて、生まれて初めて使ったのよ。力のせいで、私の頭の中には、どんどん言葉が補充されて行く。しがないみなし子のくせに。「ファースト クラッシュ」 文春文庫『フ…

Day 97th「ピンプオイル」    

涙は虫眼鏡の役割をはたして彼の爪を拡大させる。こんなにも彼の爪が大きかったのかと気付くと同時に、またもや涙は盛り上がる。「ピンプオイル」 幻冬舎文庫『24・7』より 文庫本の帯には、「山田詠美が描く、不慮の事故というべき大人の恋。」というキ…

Day 96th「アニマル・ロジック」    

支配下にあるのを実感するには、彼の体の下でもがくのが一番適している。つかむものが枕しかないと気付く時、彼女は奴隷の恍惚に身をゆだねるのだ。しかし、彼女はとうに知っている。自分の背中に重なるのが、もしも他の男なら、その男が重い枷ではなく柔ら…

Day 95th「GAS」  

ゆりは、ほっとすると同時に、すっかり馬鹿馬鹿しい気分になっていた。なんで、さっきは、あんなに真剣にロバートを恋しがったりしたのだろう。彼女は、自分の気持が相手の不在によって急激に変化するという愛情の法則には気付いていなかった。「GAS」 集英…

Day 94th「晩年の子供」

私は、物憂い気分に浸りながら、季節の移り変わりを感じていた。死を意識してから、私のまわりにうごめくはっきりと形を持たないもの、たとえば、季節、たとえば時間、そういったものが、急速に姿を現し始めていた。色を持ち、意志を持ち、私に向かって歩き…

Day 93rd「ME AND MRS. JONES」

彼女の唇はパイの匂いが残っていて、いつも甘い。僕は挨拶ではない口づけを彼女によって教えられた。その種の口づけはいつも性的な欲望とつながっていて、僕に彼女をベッドの上に押し倒させるのだった。山田詠美「ME AND MRS. JONES」『ソウル・ミュージック…

Day 92nd「熱帯安楽椅子」

私は目を閉じる。たぶん彼の唇はわたしのそこに降りて来るだろう。けれど降りて来たのは唇ではなかった。私の瞼に雨が降る。私は驚いて目を開ける。そして開いた目でトニの涙を受け止めてしまう。彼の涙は何度も私の瞳を打ち付け、私の視界はかすむ。空はこ…

Day 91st    「めざせ、読者のなれの果て」

いい加減さをマスターしたのか、世にいわれる「こだわり」というものが格好悪く思えて来た。そもそも小説家にとって、自分の文章の句読点以上にこだわるべきものなどあるだろうか。「めざせ、読者のなれの果て」『私のことだま漂流記』より 山田詠美の半自伝…