CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧

Day 181st 賢者の愛

お金よりも大事なものがある、とはよく言われることです。真由子も本当にそう思います。けれども、それは、彼女の家がお金を意識しないでいられるくらいに裕福であるからこそ頷けることでしょう。山田詠美「賢者の愛」『賢者の愛』より お金に関して山田詠美…

Day 180th トラッシュ

憎むよりも、ひどい仕打ちは、忘れ去るということである。このことに突き当たると、彼女は絶望的な気持になる。彼女がリックに対して、どうしても成し得ない二つのこと、それが彼を憎むことであり、忘れ去ることなのだ。山田詠美「トラッシュ」『トラッシュ…

Day 179th 間食

食事がすむと、加代は西瓜を切った。彼女は食後に、いつも雄太の好きな果物を用意する。それは、季節の移り変わるのを感じさせ、彼は、子供の頃に想いを馳せる。夏休みの西瓜。庭に吐きだした種。プール帰りで体はだるい。まだ終わらないのかと疎ましく感じ…

Day 178th 心変わりはテイスト変わり

自分の友人が、それまでまったく興味のなかったことについて熱く語り出したら、新しい恋の誕生を察知して、優しい気持で経過を見よう(私は問いただすけどね)。けれど、自分の恋人が、突然、いつもと違うテイストのあれこれに目を向け始めたら、素知らぬ顔…

Day 177th ジェントルマン

夢生の鼻先に漱太郎の指に挟まれた麻布があった。それは、白地に紺色の糸でイニシャルの刺繍が施されたものだった。S・S。母親によってかけられた手間が、こんなところにも行き届いている。そういう慈しみを惜しげもなく与えられて来た奴なんだ。そして、…

Day 176th マーク

あなたは女に慣れてもいないし、すれてもいないわ。そこで、アレックスは私に合わなかったのね。ああいう男を自分で変えて見せるのも、楽しみのひとつだけど、私は、そこまで大人じゃないし、暇でもないわ。恋の醍醐味は真面目になることよ。あなたには、ま…

Day 175th 熱帯安楽椅子

私は男が好きだった。私は暖かくて甘いものが好き。それは私をとても心地良くさせる。私はいつもそういうものを捜し求めていた。たとえば、私の舌を可愛がるお酒。私を思いきり甘やかすお金。山田詠美「熱帯安楽椅子」『熱帯安楽椅子』より 昨日ご紹介した箇…

Day 174th 熱帯安楽椅子

私は小説を書いていた。そして、お遊びが好きだった。私は体に張り付いたドレスを身につけていつも街を歩いていた。それは時折私のピジャマになり、私の体の下でいくつもの皺を作った。山田詠美「熱帯安楽椅子」『熱帯安楽椅子』より 『熱帯安楽椅子』は世界…

Day 173rd BAD MAMA JAMA

出会いの快楽というものがある。マユコは数年間、その快楽をつなぎ合わせてそれまでの人生を送って来た。そして、恋愛の楽しみ方というものを勉強して来たのだ。人は、そんな彼女をすれっからしなどという古い言いまわしで読んだりしたけれど、彼女はまった…

Day 172nd 眠りの材料

十数年の間、音沙汰のなかった知り合いが、突然、電話をかけて来たりすると、一瞬、私は身構える。その電話が、単に、懐かしいからとか、励ましてあげたいからという心優しい単純さによってかけられたのではないことが解ってしまうからだ。山田詠美「眠りの…

Day 171st プロローグ 人生、いつも上機嫌!

才能なんて、そんなおこがましいふうには重さないけど、言語化に秀でてるところがちょっとあるかもと思った。それって多分、初めて男の子とセックスしたことにも関連があるかもしれない、うん。世の中が違ってみえる瞬間を言葉にしたいなっていう意欲みたい…

Day 170th 口説く快感、溺れる快楽

なんていうのかね、体に才能あるっていうのはちょっと違うんですよね。体が、“詩人”っていうか、言葉でうまく言わなくても体で語りかけるというかね、そういう人が好きなんですよ。山田詠美&伊集院静「口説く快感、溺れる快楽」対談集『メンアットワーク』…

Day 169th アニマルロジック

スージーが夫と抱き合う時、彼女の精神は肉体より肥大し過ぎているのだ。そして、ヤスミンとこうする時、体の感覚は心の大きさを上まわる。同じ大きさでなきゃ駄目よ、というように、ヤスミンは、優しく甘い言葉でスージーの体を誉める。それは、とろりと溶…

Day 168th 明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

我家には大人のために酒はふんだんに用意されていたが、それらは、楽しみを倍にするためだけに使われていた。そのことは、子供たちも充分意識していて、大人たちの、酒を飲もうという提案を小耳の挟んだだけで嬉しくなったりしたものだった。シャンパンの栓…

Day 167th 高貴なしみ

健一のような恵まれたやつが、おれに魅かれた訳は、よく解る。彼は、おれとは、まったく反対に、失ってはならないものを多く持ち過ぎていた。今にも、息が止まりそうな幸運に取り巻かれて、あいつは、おれの存在に救いを求めていた。健一は、、おれと行動を…

Day 166th 紙魚的一生

そもそも本を読む男は知性にあふれていると思い込んだのが私の過ちだったのである。知性という代物について漠然と考えてみる時、私は、いつもうっとりとしていた。広い視野と深い考察を内包し、決して常軌を逸することなく静かに重みのある言葉を紡ぎ出し、…

Day 165th ウェットタオル

「あなたの目が大好きなの。最初に会った時から、そう思っていたのよ。私、その瞳に、これから関わって行きたいのよ」山田詠美「ウェットタオル」幻冬舎文庫『チューイングガム』より 山田詠美は瞳を使って登場人物たちの意志を伝えることが得意な作家である…

Day 164th ゴールデン街をコミさんと

私は、カウンター内側で、まな板の上を歩くゴキブリの峰打ちに線ねんするようなふりをして、客たちの話に耳を傾けていたのであった。 その結果、解って来たのは、成功者は相手の不運に対して鈍感だということだ。大して、まだ陽の目を見ない者は、自分の不運…

Day 163rd 山田家総お大尽化

私の妹は、焼いた餅にいただきものの高級海苔をぐるりと巻いて「お大尽焼き」と呼んでます。山田家でお大尽化するのは簡単です。夫は冷凍うどんに玉子二個落としただけで、こんな贅沢が許されるのか⁉ と歓喜。私は、こんがり焼いたトーストに、パンより厚く…

Day 162nd 無銭優雅

こうして、ひとりの男を待つのはいいもんだ。確実に帰って来るであろう男の不在は、何よりの鎮静剤だ。私は帰って来るかどうか解らない人を待ち続けた経験が何度かある。その時の焦燥感は耐えがたいものだったけれども、やがて慣れた。それと同時に、その人…

Day 161st カンヴァスの柩

部屋の中には空もないのに二つの星は輝いていて、それの照り返しでそのうち十個の爪も銀色に輝いている輝き始めて、その頃にはもう彼女の瞳も闇に慣れているから自分の上に重なる黒い絹に反射する月の明りに気づくことも出来る。山田詠美「カンヴァスの柩」…

Day 160th 歩くだけの旅―京都

知っているつもりになって、実は、何も知らない街は、案外多いと思う。貯えられた知識のみで納得して心の地図を閉じてしまうと、その街は、永遠に、どこかに存在する筈の架空の土地である。街は、歩いてこそ、その人にだけの特別な心象風景を提供する。そし…

Day 159th 賢者の愛

おや、いつのまにか、喜劇と悲劇の境目が解らなくなってしまいましたね。まあ、よろしいでしょう。元々の出所は、たぶん一緒。人間の業が重なり合って起こすつむじ風が、その発端であるに違いないのです。山田詠美「賢者の愛」『賢者の愛』より 谷崎潤一郎の…

Day 158th 4U

男が長いことつかっていたバスタブの残り湯は、はたして、スープか。桐子は、バスルームを掃除するたびに、そんなことを考える。どういう味がするのだろうと、ふと思う。しかし、飲んでみたことはない。もちろん、飲みたいとも思わない。ただ、彼に関して知…

Day 157th それは腹わたの問題

そう感じた私であったが、「ギャルズライフ」の進む方向はいただけいないと思っていた。煽情的なだけで、ちっとも魅力的ではなかった。性欲は肉体だけが支配するものではないのに。こんなにつまらない男女の交わりを教えたって何にもなんないよ。小学校の頃…

Day 156th トラッシュ

「ほんと? じゃあ、行く。ぼくなんてさ、黒人だからって、小さな頃には苛められ、今は、ゲイだからって、苛められて、ダウンタウン以外なんか、どっこも行きたくないくらいよ」山田詠美「トラッシュ」『トラッシュ』より NYのマンハッタンが舞台となった作…

Day 155th 間食

溢れちゃいそうな気がする。そんなことを腕の中で呟くものだから、何が? と雄太は尋ねた。あたしに注いでくれる雄太の愛情のことだよ。嫌なの? と不安になってうかがうと、全然嫌じゃない、とうっとりして答えたから安心した。もっともっと、と言うので、…

Day 154th お洒落パブロフの犬

服装が、自分をこう見て欲しいというイメージの具現化であるなら、そして、その人に気分良くいてもらいたいという気づかいのたまものなのだとしたら、ひとつの服をくり返し選んでしまうのは、まったく正しい行いということになる。あの人と会う自分というコ…

Day 153rd 雨の化石

感傷に浸るのは、大人の男のすることではないなあと、ぼくは思うのだ。だから、ぼくは、自分の心の内に生まれる甘いしずくのような思いをひとに伝えることはない。ぼくは、人前では、ロマンを表わすような言葉を用いない。涙ぐみたくなるような感情の霧が内…

Day 152nd ハーレムワールド

スタンは顔を傾けてサユリに口づけた。サユリは立ち止まり彼の首に腕をまわす。道で交わすにはあまりにも丁寧な口づけは、唾液の糸を甘やかに交錯させ、欲望という布地を織り上げる。山田詠美「ハーレムワールド」『ハーレムワールド』より いつも思うのだが…