CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

小説『放課後の音符』

Day 253rd Crystal Silence

「私、あの島で色々なものを味わったわ。甘いお砂糖。苦い海の生きもの。塩辛い海の水。でも、一番おいしかったのって、彼の私に向けられたあの視線だったわ」 ちょうど、そのお酒のように? 私は心の中でマリに問いかける。彼女は泣き笑いをしながら、グラ…

Day 252nd Crystal Silence

「割りきってるの?」「まさか⁉ 私、そんなに大人じゃない。ううん、大人だったら、余計そう。遊びじゃない、真剣になって恋に落ちる瞬間が、そんなに沢山はやって来ないこと、よく解ってる。私、彼が好きよ」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符』よ…

Day 251st Crystal Silence

そういう付属品が、もしなかったとしても、素敵な人間って、いったい私のまわりにどれだけいるだろうか。空や海や砂の中に裸で立っただけで、他の人を幸福にさせるような人なんて、どのくらいいるだろうか。音楽をバックグラウンドにしてロマンスを生むこと…

Day 250th Crystal Silence

私たちの生活って、色々なディティルによって動かされすぎているんじゃないかと、時々思ってしまう。たとえば、あそこのブランドのお洋服が欲しいからアルバイトをするとか、誰々は、どこそこのお店に出入りしているから格好いいとか。でも、それは自分の価…

Day 249th Crystal Silence

その内、彼の顔がはっきり見えるようになったから、陽ざしに目が慣れて来たのかしらと思ったけど、時間がたって、太陽が動いたのね。彼の影が、私の顔の上に落ちていた。まるで日時計みたい。そう思うと、ますます彼がいとしくなったわ。体は、じりじりと灼…

Day 248th Crystal Silence

陽ざしが眩しくて、彼のことも見えなかったわ。彼は、それなのに静かな目で私を見ていたみたい。太陽は彼の背中の上にあったから、瞳をよく働かせることが出来たのね。彼の耳が聴こえないように、私の目も見えなかった。私たち、ちょっとかわいそうな動物み…

Day 247th Crystal Silence

「今、思い出すと、彼の体が海の水以外のもので濡れるのって、私と愛し合った時だけだったみたい」 本当に熱かったのね。私は心の中でそう呟いて、見たこともない南の島の少年を思い浮かべる。そして、男にとって、好きな女の子が流させた汗というのは、どう…

Day 246th Crystal Silence

「ロマンティックね」「というより、なんだか悲しい気持だった」「どうして?」「あまりに幸せだったから」 私は彼女の気持が解るような気がする。陽ざしがあまりに明るいと目の前が暗くなるように、人の心にも余分な影を落とす程の幸福というのがあるものだ…

Day 245th Crystal Silence

「彼は誘って、私は誘わせたわ。ううん、どちらからともなくって感じかなあ。彼は、じっと私を見詰めてた。私のことを欲しいんだって、よく解ったわ。私も彼と同じように瞳を使ったの。えっ? どういうふうにって……欲しいものがこんなに目の前にあるのに、ま…

Day 244th Crystal Silence    

「私の口も、その時、きけなかったわ。耳だって聴こえなかったわ。あんなに騒がしい波の音だってよ。でもね、音のないものの音が、聴こえる瞬間て、恋をしているとあるものなのよ」山田詠美「Crystal Silence」 『放課後の音符』より 恋をしている瞬間にいつ…

Day 243rd Crystal Silence

「そうよ。そういえば、砂糖きびの畑にも行ったわ。私、初めてで、どうやって味わうのか解らなかった。彼が茎を切って、私に渡したの。それを彼がするように噛みしめたの。甘い味が広がったわ。生暖かくて、すごくだらしない甘い味。太陽って、ずい分、いや…

Day 242nd Crystal Silence

「(続)素敵だった。余分な音がないの。波の音や風の音が自分の気分の動きによって色を変えるのよ」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キーノート)』より 詠美の文章にはしばしばドキッとさせられる。上記のフレーズもそう。これは都会では味わ…

Day 241st Crystal Silence

暑かったわ。クーラーなんて、ない。彼は、それなのに汗なんてかいてなかった。慣れてるのね。島の気候に。そこから出たことなんてない子だもの。いつも髪の毛を潮風にさらして、気分良さそうだったわ。でも、私はそうは行かなかった。じっとしてるだけで、…

Day 240th Crystal Silence

「(続)でも、離れた場所から、彼の姿を見つけるでしょ。真っ黒な顔で私を見て、すごく嬉しそうに笑うのよ。その時の白い歯を見ると、私の胸、痛くなった。心にも体にも、あれで噛み跡を付けて欲しいって思ったわ。いても立ってもいられないの。男が欲しい…

Day 239th Crystal Silence

本当に静かで素敵な島よ。でも、普通の娘たちにはきっと解らない。何もかもが自然のまま放って置かれている場所だもの。あの男の子もそう。あたしにしか価値が解らない。いつも、ぼろぼろの短パンとTシャツしか身に付けていなかった。髪の毛なんて、脱色され…

Day 236th Crystal Silence

「そんなに驚かないで。私だって、恋をする時は、共通の話題とか、お互いの将来のこととか、話をいっぱいするもんだって思ってた。でも、不思議ね。そんなものって男と女の間に必要ない場合もあったのよね」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キー…

Day 235th Crystal Silence

「正直言ってさ、冷房のきいた都会のラウンジで飲むジントニックなんて、おいしくないの。でも、この味で、私、彼と私の間で創り上げたものを思い出すことが出来るの」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キーノート)』より 山田詠美の『放課後の…

Day 214th Crystal Silence

「私ね、一緒にトイレに行くような友達なんていらないって思ってたの。女の子が、あまり好きじゃなかったのよ。男といる方が、楽しかったわ。彼らの方がいい意味でも悪い意味でも正直だもん。でもね、今回、ある男の子と恋をしたら、うんと誰かにその話を聞…

Day 213rd Crystal Silence

マリは一向に意に介さない様子で、運ばれてきたジントニックにライムを絞り込んで飲んだ。そして、私の方を見て笑いかけた。彼女は、私は自分に好意を持っていることを充分に知っているみたいだ。私は、少しどぎまぎする。だって、あんな言葉を聞いたせいか…

Day 212nd Crystal Silence

「恋をすると喉が乾くのよ。ジントニックはそういう時にぴったり。まあ、黄色い声をあげてるような恋しか出来ない人には解らないと思うけどね」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キーノート)』より マリという女の子は他の女の子よりもちょっと…

Day 211st Crystal Silence

夏に恋が似合うだなんて、いったい誰が決めたのかしら、とマリは言う。私たちがスウィミングプールに行った帰り、ティールームでお茶を飲んでいた時のことだ。知り合った男の子、親に内緒でのぞいたディスコ、数年ぶりに食べたお祭りの綿菓子。真夏の話題は…

Day 68th    「Salt and Pepa」

卒業式の季節になると、なんだか学校は不思議なざわめきに包まれる。私たちの一番みぢかにいる少しばかり大人の人たちが、どんどんいなくなるって、妙な気持だ。学校に子供ばかりが増えて行くように感じるのは、私たちが段々と大人に近づいて行く証拠かもし…

Day 7th 「Body Cocktail」

あなたはあなたよ。そんなふうに慰める時の彼女は、大人びているけれども決してお姉さんぽくはない。彼女は、妹のような存在や、どこかに連れ立って歩く仲間のような友だちを持たない。彼女はいつもひとりで独立している。他人にすり合わせて、糸を引かせる…