小説『120%COOOL』
感傷に浸るのは、大人の男のすることではないなあと、ぼくは思うのだ。だから、ぼくは、自分の心の内に生まれる甘いしずくのような思いをひとに伝えることはない。ぼくは、人前では、ロマンを表わすような言葉を用いない。涙ぐみたくなるような感情の霧が内…
しばらくの間の完璧な静寂の後で、彼が私の体を離した時、私も、ゆっくりと目を開けた。性愛の後、すべての動物は悲しいという言葉があるそうだが、彼の表情にもの悲しさは欠片もなかった。むしろ、新しい飢えがやって来るのを予感して、それまでの孤独をど…
男と女の間に存在する嘘が、その恋に役立つことなどあるだろうか。賢い人は、相手を傷つけないためにつく嘘もあると言う。はたして本当にそうだろうか。私に関して言えば、嘘は破局をせき止める一時しのぎの堤防にしか過ぎない。つまり、やがてはその堤防は…
つまり、男っていうのは、違う種類の女に弱いのだ。それまで自分の好みのタイプの女という枠組みを心の内に置いて安心して来た男は、それが壊された時に、どうしてよいのか解らなくなってしまうのだ。男は、いつも、傾向と対策を心の内で立てたがる。そして…
夜の仕事についている女に対して、彼らは一種の理想を持っているようなのだ。それは、そう見えない女が、意外なことに貞操観念を持っている、というものである。この意外なことに、というのがカギである。その意外性は自分に対してのみ外れるのが理想である…
「なんていうか、きみって、ペン入れする前に、スクリーントーンを貼ったほうな、あるいは、消しゴムをかける前に、ホワイト入れちゃったようなそんな印象を受けますね」 ギャフン、である。意味不明の人物描写である。「彼女の等式」 幻冬舎文庫『120%COOO…
私は恋に落ちた男女が共有できる部分について考える。体を重ねる瞬間、お互いに見詰め合う瞬間、囁きに我を忘れる瞬間、冗談に笑い合う瞬間。私たちは、体も心もひとつになったと感じることだろう。しかし、本当に? 思いが交錯し重なり合うひとときがいった…
彼女はカップを、日差しにかざした。ワインには光の粒が沢山溶けているように見えた。「一杯の川の水と一杯のワインにはどちらにいっぱい太陽が入ってるでしょうか」 ぼくは首をかしげて彼女を見た。「わかんないの?」「きみはわかるの」 彼女や首を横に振…