CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 61st「熱帯安楽椅子」

 手始めに、男の顔に、唾を吐いた。そして、それから、私を取り巻くすべてのものに。その後、私はとても疲れた。私は、ずっと気付かずにいた。自分をとても強いと感じて微笑していた。けれど、体内に徐々に蓄積されて行くアレルギー物質のように、私の心には、それがゆっくりと層を重ねて行ったのだった。或る日、それが溢れた。嫌悪と憂鬱は、私を喉元まで蝕み、唾液と共に突然噴き出した。私は、それを抑えることが出来なかった。まるで、花粉に煩わせれたくしゃみをそう出来ないように。
「熱帯安楽椅子」『熱帯安楽椅子』より

世界で一番好きな小説は何ですか?と聞かれたら、ぼくは迷わず「山田詠美の『熱帯安楽椅子』です」と答えるだろう。
この作品はぼくの人生を変えた小説だと言って過言ではない。
初めて山田詠美を知ったのは『放課後の音符』で、買ったその日に読了し、あまりにも面白かったので、その週の週末に神田の三省堂に行き、その時出ていた山田詠美の小説をすべて買い込んだ。
そして、その日から、次々と読んでいったのだが、この作品を読んだのは、数週間後。
まだ3月ごろのことだった。
途中まで読んでぼくは突然本を閉じた。
なぜなら、舞台が南国だったから、まだ読むには早いと思ったから。
本当はあまりにも面白いので、読みたくて読みたくてたまらなかったのだが、どうしても今読むのはもったいないという気がしたのだ。
そして、5月になるまで待った。
そして、5月のGWの時に湘南の方に泊りがけで遊びに行くことになり、その時にやっと電車の中で再び読み始めたのだった。
その時のぼくの興奮は尋常じゃなかった。
とにかく物語の世界に没頭し、詠美の文体に酔いしれ、お酒も飲めないのに、酔ったような心持ちになった。
ストーリーそのものはそれほど複雑ではない。
一人の男を愛してしまったことに嫌悪感を抱いた私が南国に行き、そこで知り合った現地の男と恋に落ちる。簡単なあらすじを言うとそんな話だ。
だが、この作品の肝は、山田詠美の流れるような文体である。この文章は山田詠美にしか書けないだろう。そして、ぼくはこの文章を隅から隅までよどむことなく理解できる日本人に生まれたことに感謝した。
ここでも山田詠美は「心と体の関係」について事細かく考察している。
ぼくはこの小説で卒業論文を書きたくて、4年間勤めた会社を辞め、大学に入り直し、この作品で論文を書いたほど、この作品がどれだけぼくの人生に影響を与えたかわかるだろう。
だんだんと暖かくなっていくにつれ、この作品の出番も多くなると思うので、どうぞお楽しみに!
そして、ぜひ多くの人にこの作品の世界に浸って欲しいと思っている。
【DATA】
山田詠美「熱帯安楽椅子」
集英社文庫『熱帯安楽椅子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<雨景摩天楼>    
KEN'S NIGHT 1st Track 04 Night and Day