CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

小説『タイニーストーリーズ』

Day 207th GIと遊んだ話(一)

抱いたり抱かれたりしながら、多美子が思い浮かべていたのは、羅紗緬という言葉だ。ろくに本も読まない自分に、漢字の字面が横切ったのは不思議だ。羅紗緬だって⁉ 確か横浜開港以来の西洋人相手の妾のことだ。そんな呼称が頭の片隅に眠っていたなんて驚きだ…

Day 166th 紙魚的一生

そもそも本を読む男は知性にあふれていると思い込んだのが私の過ちだったのである。知性という代物について漠然と考えてみる時、私は、いつもうっとりとしていた。広い視野と深い考察を内包し、決して常軌を逸することなく静かに重みのある言葉を紡ぎ出し、…

Day 145th モンブラン、ブルーブラック

優子は、目の前の光景に、すっかり混乱していた。出会ってから、ずっと、輝かしい指揮棒のように尊く思えた黒い万年筆が、五寸釘に見えた。薫子の体が、それを振り降ろすたびに、ゆらゆらと揺れる。山田詠美「モンブラン、ブルーブラック」『タイニーストー…

Day 139th GIと遊んだ話(一)

煙草のけむりや人いきれで汚されていないクラブは、男と女を親しくさせない。もう何度か寝たことのある間柄なのが嘘のようだった。二人はブラインドデートで無理矢理来させられたティーンネイジャーのようにぎこちなく振舞っていた。山田詠美「GIと遊んだ話…

Day 133rd 電信柱さん

さくら草は、文字通り、めしべの芯に蜜を滲ませているようです。開いた花の数は四つになりました。美しい盛りです。でも、美しいだけじゃない。この子の話すことといったら、それはそれは、ユーモアに富んでいるのです。初めの内は、たどたどしさを残してい…

Day 120th「マーヴィン・ゲイが死んだ日」

この人は、姉の死をどのように取り扱って明るさを取り戻したのか。いや、思えば、通夜の時から明るかった。明るく嘆き悲しんでいた。その様子が、周囲の人々の心を重苦しさから救ったのは確かだ。一家にひとりいたら迷惑かもしれないが、一族にひとりいたら…

Day 117th「百年生になったら」

まだ見ぬ幸福の予感は、人をとてつもない充足にいざなう。冬のさなかに見つけた春の花の固いつぼみが、常に彼女の内にいて、花開くのを待っている。「百年生になったら」文春文庫『タイニーストーリーズ』より 『タイニーストーリーズ』は様々なタイプの短編…

Day 2nd 「LOVE 4 SALE」

今日は誕生日なので東京タワーに上りました。誕生日を迎える人は、入場料がただになるのです。特別扱いされている感じが嬉しくて、あたしは、上京して以来、必ず足を運んでいます。 山田詠美「LOVE 4 SALE」より 今は残念ながらそういったサービスは行われて…