CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

小説『4U』

Day 222nd ファミリー・アフェア

たとえば、ガレスピーのトランペットが、キスの雨のように聞こえる場所がある。音楽が場所を限定し、場所が時を限定し、時が心を限定するその瞬間、音楽は音楽でありながら心象を切り取るナイフの役目を果たすのだ。私は、そんなナイフを無理矢理持たされた…

Day 210th 天国の右の手    

私は恋という枠組みを作り、その内側においてのみ生きる。同情や思いやり、気づかいなどはそこに届かず、まして彼女の罪悪感など、近寄ることすら出来ない。額縁に入れた絵画のような恋。私が欲しいものはそれだけだ。だから私は絵を描く。失った右手で絵具…

Day 209th 天国の右の手

彼女は、私を、気遣うあまりに優しく無視をする。だから、私も、それに気付かない振りをして彼女を静かに受け止める。私が彼女の夫を見詰める時、私の瞳は彼女を見ない。山田詠美「天国の右の手」『4U(ヨンユー)』より 様々な作家が同じテーマで書いた短…

Day 187th ファミリー・アフェア

義母がドアを開けた拍子に外に流れて来た野菜を煮る匂いが、鼻をくすぐった。そして、古い木のラジオから流れるゴスペルは、身もを。遠くのしだれ柳の向こうに、ビクトリア様式の家が見える。まだ熱い空気は、私たちを埋め尽くして、汗をかかせる。山田詠美…

Day 172nd 眠りの材料

十数年の間、音沙汰のなかった知り合いが、突然、電話をかけて来たりすると、一瞬、私は身構える。その電話が、単に、懐かしいからとか、励ましてあげたいからという心優しい単純さによってかけられたのではないことが解ってしまうからだ。山田詠美「眠りの…

Day 158th 4U

男が長いことつかっていたバスタブの残り湯は、はたして、スープか。桐子は、バスルームを掃除するたびに、そんなことを考える。どういう味がするのだろうと、ふと思う。しかし、飲んでみたことはない。もちろん、飲みたいとも思わない。ただ、彼に関して知…

Day 66th 「4U」

そう、ギャップ。私は、いつだって、ひとりの男の内にあるギャップに魅かれて恋をして来た。外見を裏切らない内面を持った男なんて、後ろから読むミステリーよりもつまらない。男のギャップにはまるということは、性器を使わない性行為みたいなものだ。しか…

Day 25th「血止め草式」

不倫関係のドラマなどを見ていると、愛人が、泣きながら、奥様に申し訳なくて、などと言ったりする。嘘だろ? 申し訳ない気持があったとして、だからこそ、それが二人の快楽を引き立てているんじゃないのか。その瞬間、申し訳なさは、道具である。どうせ泣く…