CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

小説『色彩の息子』

Day 226th 陽ざしの刺青

それはね、きみ、愛、あるいは憎しみが、心の中に腫瘍を作ってしまったのだよ。きみは、今、幸せだと、幸せの意味も知らないのに、そう感じているかもしれないが、きみは、なんと言っても女の体を見てしまったのだ。父親の体に押しつぶされている女の体を見…

Day 225th 陽ざしの刺青

初めての夏を通り越して来たその赤ん坊は、もう既に陽に灼けている。彼は、生まれたてのくせに、母親以外の女の体を見たことがある。成長して行く過程において、彼がそのことを忘れて行ってしまうのは、残念なことだ。人間がどんなに身勝手で、そして、強い…

Day 167th 高貴なしみ

健一のような恵まれたやつが、おれに魅かれた訳は、よく解る。彼は、おれとは、まったく反対に、失ってはならないものを多く持ち過ぎていた。今にも、息が止まりそうな幸運に取り巻かれて、あいつは、おれの存在に救いを求めていた。健一は、、おれと行動を…

Day 149th ヴァセリンの記憶

彼の指が、あのとろりとしたヴァセリンの塊をすくったのです。それが、すべての始まりだったのです。あの黄色のクリームがえぐり取られた後、ぼくは、あまりの恍惚に気を失いかけました。具体的な事柄を覚えていたのは、そこまでです。その後は、まるで関節…

Day 51st    「声の血」

ぼくは記憶をたどる。すると、うっとりと雫を垂らした思い出が、ぼくの内側から外に流れ出し、あまりの恍惚に、ぼくの目を閉じさせる。ぼくが、あの人との情事の素晴らしさを知るのは、いつも残された記憶の中でなのだ。恋は盲目と言うけれど、まさにその通…