CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧

Day 212nd Crystal Silence

「恋をすると喉が乾くのよ。ジントニックはそういう時にぴったり。まあ、黄色い声をあげてるような恋しか出来ない人には解らないと思うけどね」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キーノート)』より マリという女の子は他の女の子よりもちょっと…

Day 211st Crystal Silence

夏に恋が似合うだなんて、いったい誰が決めたのかしら、とマリは言う。私たちがスウィミングプールに行った帰り、ティールームでお茶を飲んでいた時のことだ。知り合った男の子、親に内緒でのぞいたディスコ、数年ぶりに食べたお祭りの綿菓子。真夏の話題は…

Day 210th 天国の右の手    

私は恋という枠組みを作り、その内側においてのみ生きる。同情や思いやり、気づかいなどはそこに届かず、まして彼女の罪悪感など、近寄ることすら出来ない。額縁に入れた絵画のような恋。私が欲しいものはそれだけだ。だから私は絵を描く。失った右手で絵具…

Day 209th 天国の右の手

彼女は、私を、気遣うあまりに優しく無視をする。だから、私も、それに気付かない振りをして彼女を静かに受け止める。私が彼女の夫を見詰める時、私の瞳は彼女を見ない。山田詠美「天国の右の手」『4U(ヨンユー)』より 様々な作家が同じテーマで書いた短…

Day 208th エロティックな処世術

エロスって、自分で意識して語った時点で、消えてしまうようなものだと思うの。 話さないうち、言葉にしないうちが花みたいなとこがあると思うけど、でも、野暮だからさ、みんな、小説に書いたり、詩に書いたり歌ったりするわけじゃない。でも、本当はやっぱ…

Day 207th GIと遊んだ話(一)

抱いたり抱かれたりしながら、多美子が思い浮かべていたのは、羅紗緬という言葉だ。ろくに本も読まない自分に、漢字の字面が横切ったのは不思議だ。羅紗緬だって⁉ 確か横浜開港以来の西洋人相手の妾のことだ。そんな呼称が頭の片隅に眠っていたなんて驚きだ…

Day 206th 明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

思いも寄らない生意気な口調が可愛くてたまらない、というように、母は創太を抱き寄せた。そして、リズムを取るようにして、彼の小さな体を揺する。そうしている内に、彼女の目尻はとろりとたれて、繊細に枝分かれした皺が笑顔を刻み始める。コーヒーカーテ…

Day 205th バックステージ

価値あるものには、常に二つの種類がある。すぐに駄目になってしまうから高価であるもの。そして、どんどん味わいを増すから、高価であるもの。前者は、食料品。血や肉を作る。後者は、ワインやら宝石やら心を作るもの。この二つは相容れないと決まっている…

Day 204th クローゼットフリークの驚異

人は見かけによらない。この見かけによらない人間を、アメリカではクローゼットフリークと呼ぶ。もっとも、これは、ほとんど男と女の間のことに使われる言葉である。清純そうに見える女が、ベッドの中では、大胆な娼婦のように振る舞い、その手練手管に男は…

Day 203rd 夕餉    

それまで、私は、自分の体がそうなるのを知らなかった。きちんと下ごしらえをされれば、私の体だっておいしくなる。欲しがられてると感じる。なんだか泣きたい気持。 山田詠美「夕餉」 『風味絶佳』より 自分の体を美味しいかもと思ったことはないけれども、…

Day 202nd 夕餉

紘の腕の中の空気は馥郁としている。まるで餡パンの中の隙間みたいだ。天然酵母の香りに酔っぱらいながら、私は焼き上がる。美々ちゃんの体、熱くなって来た、と彼が言う。山田詠美「夕餉」『風味絶佳』より 『風味絶佳』に収録されている「夕餉」は、空気感…

Day 201st ハーレムワールド

スタンはバラの花束とレコードを抱えて交差点に立っている。土曜日の夜。人混みの中。彼女はいつもこんな場所を指定してくる。もしも、彼がその姿を見逃したら、彼女はそのまま、自分を無視してどこかに行ってしまうのだ。そして、彼女は、決して彼がそんな…

Day 200th 無銭優雅

時代のギャップを魅力として持ち上げることも不可能。つまり、手持ちの有利なカードが年齢の中にないのだ。自分自身に対するのと同じ目線で相手を見詰めるしかない。そして、惹かれる理由付けなどすることもなしに向かい合ってみると、年の違う相手では得ら…

Day 199th 無銭優雅

そして、私は、いつのまにか同い年の男と少しずつ過去を作り始めている。あの時、似合いの男女を形作るのは年齢ではないなあ、と深く頷いた私であったが、同い年というのは、特別な意味を持つような気がしている。何しろ、生まれてから同じ年数を生きて来て…

Day 198th トラッシュ

絶対的なものなんて、ない。何故なら、取るに足りない雑多なことで悩み、喜劇、悲劇を巻き起こす者たちが、起こり得る事柄を表記する、そういう世界が、すべてだからなのだ。山田詠美「トラッシュ」『トラッシュ』より 人間というのは、実に主観的な存在だと…

Day 197th トラッシュ

それは、一体、何故なのだろうと彼女は考える。ああ、そうよ、これはこういうことだわ。世の中のすべてを、人間という不確かなものたちが表わしているからなのだ。山田詠美「トラッシュ」『トラッシュ』より 「夏の暑さ」の種類の話から、さらに考察は広がっ…

Day 196th トラッシュ

次に何かが手に入る。それを知っているために、てなづけることが出来るような暑さもある。暑いというひとつの言葉さえ、こんなにもさまざまな種類がある。それには色も付いているだろう。匂いも立てているだろう。甘い味も苦い味も、ひとつの言葉で言い表わ…

Day 195nd トラッシュ

夏は暑かった。そう、いつも夏は暑い。それは大昔から決まっている事実なのだ。けれど、その事実には色々な種類がある。心を灼く恋の前ぶれを確信するようなもの。あるいは皮膚の呼吸を防げるもがき苦しむようなもの。それを感じた時などは、なにかを殺して…

Day 194th ルーシィ

彼女は、それまで、そんな服を自分が着るようになるであろうことなど想像もしていなかった。最初は、そりゃあ、どぎまぎしたわ。けれど、一度、着て、そして、人の視線を動かすことへの喜びを知って以来、彼女はスカートの後ろに入っている深いスリットを自…

Day 193rd ルーシィ

口紅はドレスを選ぶまで塗らない。サオリはクロゼットを開けて増え始めたドレスをながめる。この週末の儀式を知る前までは、どんな女たちが身に付けるのだろうか、と不思議にさえ思えた大胆な服たち。今、彼女は、自分がその服にぴたりと合う女になろうとし…

Day 192nd ジェントルマン

苦手な会話を上手く行かせるためには、まずは体を許し合わなくて始まらない。体が馴染めば、心もその内に付いて来る。恋と無縁の関係に、気のおけない親しみを運び込むためには、この優先順位が欠かせない。山田詠美「ジェントルマン」『ジェントルマン』より…

Day 191st 熱帯安楽椅子

私は噴き出した。嘘よ。本当は好き、軽口は人生を楽しくする。そして、目の前の男は、それを知っている。山田詠美「熱帯安楽椅子」『熱帯安楽椅子』より 一昨日からの一連のシーンの中でのやり取りの後のこの文章にも詠美らしさが表れている。ホテルのボーイ…

Day 190th 熱帯安楽椅子

海辺に置かれたテーブルに肘を着いたまま、私はそのウェイターを見詰める。白い朝のテーブルクロスが朝の陽ざしを反射させ、私には眩し過ぎて彼の顔が良く見えない。山田詠美「熱帯安楽椅子」『熱帯安楽椅子』より 昨日の続きのシーン。このシーンは「熱帯安…

Day 189th 熱帯安楽椅子

朝食の卵を彼がまちがえたのが始まりだ。目玉焼きをひっくり返して(トウエッグスオーバーミディアム)、と注文したのよ。私は生卵が嫌い。生きているように見えるから。私、ひっくり返してないのは食べられないの。困惑した私に、ウェイターは、少しも悪び…

Day 188th アニマル・ロジック

本当に人種差別をしない白人の見分け方は、彼らの身内とファックして反応を見ることだって! 私には最初から解ってたわ。ダディだって生きてたら同じよ。人格者の振りしたって、娘が黒人と寝るのは嫌なのよ。貧しい黒人を憐れむことは出来ても、あんたなんか…

Day 187th ファミリー・アフェア

義母がドアを開けた拍子に外に流れて来た野菜を煮る匂いが、鼻をくすぐった。そして、古い木のラジオから流れるゴスペルは、身もを。遠くのしだれ柳の向こうに、ビクトリア様式の家が見える。まだ熱い空気は、私たちを埋め尽くして、汗をかかせる。山田詠美…

Day 186th 許さん! その言い回し

人によって苦手な言い回しってありますよね。 交際が発覚した芸能人カップルの「お付き合いさせていただいてます」「あたたかい目で見守っていただければ幸いです」などは、私や周囲の人々にとっては、難癖の対象となっている大定番。TVなどでコメントが読…

Day 185th 無銭優雅

それでこそ、会えない時間が隠し味になる。やがて抱き合った二人の体が、熱で半田付けされたみたいにつぎ合わされる。ひとりで過ごす至福は、二人で向き合う恍惚の手下。大人気に見放された私が、ようやく見つけた、彼は、私の、宝物。山田詠美「無銭優雅」…

Day 184th 無銭優雅

待たせた分だけスキップの足取りを軽くしてやって来る。そういう男と親密になりたい。いわゆる大人の恋なんてもん、知らないね。私は、いつだって会いたがっている仲になりたい。山田詠美「無銭優雅」幻冬舎文庫『無銭優雅』より 「スキップの足取りを軽くし…

Day 183rd 無銭優雅

来ない待ち人は、恋の対象から外れて行く。今にも私の許にやって来る、その姿が明確に描けない人には熱中出来ない。片想いの出来ない女。それが私だ。山田詠美「無銭優雅」幻冬舎文庫『無銭優雅』より 以前にもこのブログで紹介した部分なのだが、その後に続…