CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 228th 熱帯安楽椅子

目は開けなくては。けれど何も見たくない。私は、朝だというのにシャンペンを頼む。少しあきれた表情のウェイター。いいじゃないの。私は目を開いたままでうたた寝をしたいのよ。私は酒に酔った年老いた猫になる。目の前の卵も今度は目を閉じている。波の音…

Day 227th 熱帯安楽椅子

太陽は熱くて銀の食器は濃い影を作る。私は眩しさに目を閉じる。すると、私の心の中の幕は降り、私は余計なことを思い出さずにすむのだ。私には何も見えない。私は今日から何も見ないことに専念するだろう。陽ざしは私の後頭部を灼き、それから体の芯を暖め…

Day 226th 陽ざしの刺青

それはね、きみ、愛、あるいは憎しみが、心の中に腫瘍を作ってしまったのだよ。きみは、今、幸せだと、幸せの意味も知らないのに、そう感じているかもしれないが、きみは、なんと言っても女の体を見てしまったのだ。父親の体に押しつぶされている女の体を見…

Day 225th 陽ざしの刺青

初めての夏を通り越して来たその赤ん坊は、もう既に陽に灼けている。彼は、生まれたてのくせに、母親以外の女の体を見たことがある。成長して行く過程において、彼がそのことを忘れて行ってしまうのは、残念なことだ。人間がどんなに身勝手で、そして、強い…

Day 224th ひざまずいて足をお舐め

でも、懐かしいとか、そんな気持じゃあないんだ。なんだか、自分が、ずいぶんと昔に、引き戻されて、無理矢理、実家の縁側に座らせられるような気持。気が付くと、クーラーのきいた自分の部屋にいて、ああ、よかった、私、ちゃんと大人だって思って溜息をつ…

Day 223rd ひざまずいて足をお舐め

私は、もうずっと昔から、弟以外の肉親とは縁を切っている。思い出すこともあまりない。だけど、夏休みの時期に朝顔の花が咲いていたりするのを見ちゃったりすると、ふっと、家族の顔を思い出す。でも、懐かしいとか、そんな気持じゃあないんだ。山田詠美「…

Day 222nd ファミリー・アフェア

たとえば、ガレスピーのトランペットが、キスの雨のように聞こえる場所がある。音楽が場所を限定し、場所が時を限定し、時が心を限定するその瞬間、音楽は音楽でありながら心象を切り取るナイフの役目を果たすのだ。私は、そんなナイフを無理矢理持たされた…

Day 221st 花火

男と女って、まったく面倒だわ。体で魅かれ合って、それに飽きた瞬間に、離れられない関係になる。体が離れられないなんていうのは、まったくの嘘。離れられなくなるのは心が結びつき始めるからよ。体も心も結び付いて離れられないのは、だから一瞬なのね。…

Day 220th 花火

「涙が出る程、恋しいのは、発情期だからよ。お互いがお互いを欲しいと思うから、せつない気持になるのよ。それが男と女よ。まだ肉体的なつながりを持たない関係ならなおさらよ。信頼関係ってのは、寝てみて、初めて生まれるものなのよ」山田詠美「花火」『…

Day 219th アイ ラブ 原稿用紙なんてもの♡

手書きの文字は気恥ずかしいです。でも、その恥を知ることが出来るからこそ、抑制が効く。書きたいことより書きたくないことの方が多い私という小説家を理解してくれる若手編集者が、ひとりでもいてくれる内はこのまま書き続けたいです。山田詠美「アイ ラブ…

Day 218th セイフティボックス

ところで、バリに行くのは今回が5回目である。いつもは山奥に泊まるんだけど、今回は短い滞在なので、思い切り豪華なところに泊まることに決めた。レギャンの奥に、とっても素敵なホテルがあるのだ。石垣に囲まれたプライベイトヴィラにたった一人で泊まっ…

Day 217th 花火

私は、うんざりしました。すっかり夏休みのリズムが出来上がっているのです。それなのに、あんな埃っぽい街に行くなんて。私は、自分では、本当の贅沢を知っているつもりでいました。普通の若い人たちのように、夜遊びや流行の洋服などには何の興味も持って…

Day 216th 口の増減

頭の良い奴は、大抵の場合、超ダサですが、私は、アバンギャルドなセンスも持ち合わせているので、益々、分が悪いんですよね。ほんと、この世の中のことを考えると、私の頭の中のテクストはパラドックスでいっぱいですよ。まさに世紀末って感じです。山田詠…

Day 215th A2Z

二人の間で、口づけは、いつも不測の事態。そして、永遠にそうでありたい、と感じた。山田詠美「A2Z」『A2Z』より 何度もこのブログで言っているかもしれないが、山田詠美の『A2Z』は、おしゃれな恋愛小説だとぼくは思っている。でも、単におしゃれなだけで…

Day 214th Crystal Silence

「私ね、一緒にトイレに行くような友達なんていらないって思ってたの。女の子が、あまり好きじゃなかったのよ。男といる方が、楽しかったわ。彼らの方がいい意味でも悪い意味でも正直だもん。でもね、今回、ある男の子と恋をしたら、うんと誰かにその話を聞…

Day 213rd Crystal Silence

マリは一向に意に介さない様子で、運ばれてきたジントニックにライムを絞り込んで飲んだ。そして、私の方を見て笑いかけた。彼女は、私は自分に好意を持っていることを充分に知っているみたいだ。私は、少しどぎまぎする。だって、あんな言葉を聞いたせいか…

Day 212nd Crystal Silence

「恋をすると喉が乾くのよ。ジントニックはそういう時にぴったり。まあ、黄色い声をあげてるような恋しか出来ない人には解らないと思うけどね」山田詠美「Crystal Silence」『放課後の音符(キーノート)』より マリという女の子は他の女の子よりもちょっと…

Day 211st Crystal Silence

夏に恋が似合うだなんて、いったい誰が決めたのかしら、とマリは言う。私たちがスウィミングプールに行った帰り、ティールームでお茶を飲んでいた時のことだ。知り合った男の子、親に内緒でのぞいたディスコ、数年ぶりに食べたお祭りの綿菓子。真夏の話題は…

Day 210th 天国の右の手    

私は恋という枠組みを作り、その内側においてのみ生きる。同情や思いやり、気づかいなどはそこに届かず、まして彼女の罪悪感など、近寄ることすら出来ない。額縁に入れた絵画のような恋。私が欲しいものはそれだけだ。だから私は絵を描く。失った右手で絵具…

Day 209th 天国の右の手

彼女は、私を、気遣うあまりに優しく無視をする。だから、私も、それに気付かない振りをして彼女を静かに受け止める。私が彼女の夫を見詰める時、私の瞳は彼女を見ない。山田詠美「天国の右の手」『4U(ヨンユー)』より 様々な作家が同じテーマで書いた短…

Day 208th エロティックな処世術

エロスって、自分で意識して語った時点で、消えてしまうようなものだと思うの。 話さないうち、言葉にしないうちが花みたいなとこがあると思うけど、でも、野暮だからさ、みんな、小説に書いたり、詩に書いたり歌ったりするわけじゃない。でも、本当はやっぱ…

Day 207th GIと遊んだ話(一)

抱いたり抱かれたりしながら、多美子が思い浮かべていたのは、羅紗緬という言葉だ。ろくに本も読まない自分に、漢字の字面が横切ったのは不思議だ。羅紗緬だって⁉ 確か横浜開港以来の西洋人相手の妾のことだ。そんな呼称が頭の片隅に眠っていたなんて驚きだ…

Day 206th 明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち

思いも寄らない生意気な口調が可愛くてたまらない、というように、母は創太を抱き寄せた。そして、リズムを取るようにして、彼の小さな体を揺する。そうしている内に、彼女の目尻はとろりとたれて、繊細に枝分かれした皺が笑顔を刻み始める。コーヒーカーテ…

Day 205th バックステージ

価値あるものには、常に二つの種類がある。すぐに駄目になってしまうから高価であるもの。そして、どんどん味わいを増すから、高価であるもの。前者は、食料品。血や肉を作る。後者は、ワインやら宝石やら心を作るもの。この二つは相容れないと決まっている…

Day 204th クローゼットフリークの驚異

人は見かけによらない。この見かけによらない人間を、アメリカではクローゼットフリークと呼ぶ。もっとも、これは、ほとんど男と女の間のことに使われる言葉である。清純そうに見える女が、ベッドの中では、大胆な娼婦のように振る舞い、その手練手管に男は…

Day 203rd 夕餉    

それまで、私は、自分の体がそうなるのを知らなかった。きちんと下ごしらえをされれば、私の体だっておいしくなる。欲しがられてると感じる。なんだか泣きたい気持。 山田詠美「夕餉」 『風味絶佳』より 自分の体を美味しいかもと思ったことはないけれども、…

Day 202nd 夕餉

紘の腕の中の空気は馥郁としている。まるで餡パンの中の隙間みたいだ。天然酵母の香りに酔っぱらいながら、私は焼き上がる。美々ちゃんの体、熱くなって来た、と彼が言う。山田詠美「夕餉」『風味絶佳』より 『風味絶佳』に収録されている「夕餉」は、空気感…

Day 201st ハーレムワールド

スタンはバラの花束とレコードを抱えて交差点に立っている。土曜日の夜。人混みの中。彼女はいつもこんな場所を指定してくる。もしも、彼がその姿を見逃したら、彼女はそのまま、自分を無視してどこかに行ってしまうのだ。そして、彼女は、決して彼がそんな…

Day 200th 無銭優雅

時代のギャップを魅力として持ち上げることも不可能。つまり、手持ちの有利なカードが年齢の中にないのだ。自分自身に対するのと同じ目線で相手を見詰めるしかない。そして、惹かれる理由付けなどすることもなしに向かい合ってみると、年の違う相手では得ら…

Day 199th 無銭優雅

そして、私は、いつのまにか同い年の男と少しずつ過去を作り始めている。あの時、似合いの男女を形作るのは年齢ではないなあ、と深く頷いた私であったが、同い年というのは、特別な意味を持つような気がしている。何しろ、生まれてから同じ年数を生きて来て…