CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 189th 熱帯安楽椅子

 朝食の卵を彼がまちがえたのが始まりだ。目玉焼きをひっくり返して(トウエッグスオーバーミディアム)、と注文したのよ。私は生卵が嫌い。生きているように見えるから。私、ひっくり返してないのは食べられないの。困惑した私に、ウェイターは、少しも悪びれない様子でこう言った。
「ごめんなさい、この卵のやつ目を開いて、あなたをしっかり見詰めたがったものだから」
山田詠美「熱帯安楽椅子」
『熱帯安楽椅子』より

世界で一番好きな小説は山田詠美の「熱帯安楽椅子」である。とぼくはこの作品を初めて読んだ時から思っていて、それは30年たった今でも変わりはない。
この作品を越える小説にぼくはまだ出会っていない。
すべての文章どころか、小説の中の行間すらもぼくには愛しい作品である。
あまりにも好きだから、一時期この小説を常に鞄の中に入れて持ち歩いていたことがあった。
ストーリーはもう頭の中に入っているから、最初から読むのではなく、何気なく開いた頁を何となく読み進め、作品の世界にいっとき浸り、現実逃避をするということをしていたのだ。
バリ島のあの空気感だとか、匂いだとか、独特のあの雰囲気だとかに浸るだけで、ぼくは幸せな気持になれた。
そして、それは今でも同じ。
何気ないワンシーンでも深く心に響くのである。
上記のシーンは物語の中で核となるホテルのウェイターとの出会いのシーンなのだが、それが、愛しくてたまらない。
【DATA】
山田詠美「熱帯安楽椅子」
集英社文庫『熱帯安楽椅子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<海辺夏休暇>
KEN'S NIGHT 2nd Bonus Track I Feel Pretty