CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 20th「ハーレムワールド」

 彼女の涙は熱帯の雨に似ているとティエンは思う。降り続く雨の中で彼は身動きもできない。ただ立ちすくんでいる。雨は激しい。それを受け止める彼の皮膚は痛みを覚える。雨粒は粉々に砕けて体じゅうをつたう。彼は、悲しいと感じ、そして、その悲しみは彼女への愛情を呼び起こす。やるせない雨。そんな時、彼は自分も一緒に泣かなくてはいけないと思うのだ。彼の唇は泣き声を発するために動き始める。すると、気が付く。彼女の背後には、もう陽がさしている。彼は習慣となりつつある自己嫌悪にい陥る。なんだって、ここでおれが泣かなきゃならないんだ。


「ハーレムワールド」より

「ハーレムワールド」は、性に対して自由奔放な主人公サユリの周囲の男たちを描く意欲作だ。
あまりにも自由奔放過ぎて、この作品を初めて読んだ時、ぼくはドキドキしてしまったほど。
だって、夕陽を見ながらマスターベーションをする女性なんて、それまでの日本文学で描かれたことあったかしら?
特にぼくがこの作品で印象的なのは、インドネシア料理店で働くティエンとサユリの関係だ。
ティエンはサユリを取り巻く四人の男性の中の一人なのだが、サユリのすべてを受け入れている。
そんな彼の真摯な想いにぼくは胸を打たれたし、同時にサユリの自由奔放さに憧れもした。性に対して貪欲で、自分の意志を貫き通すところに共感を覚えたのだ。
ちょっと下世話な話だが、セックスをしている最中もぼくは常に頭の中であれこれと考えてしまうところがある。本能のままに性を貪ることができないのだ。だから、サユリのことが羨ましいなと思うのである。
ところで、山田詠美の作品の面白さはどの場面を切り取っても詩的であるところ。上記の場面もサユリの涙を熱帯の雨にたとえているところが面白いし、それが官能的に描かれているところも詠美ならではと言えるだろう。

 

【DATA】
山田詠美「ハーレムワールド」
講談社文庫『ハーレムワールド」
M5レフィル<雨景摩天楼>
2nd Track 7 Stars Fell on Alabama