CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 92nd「熱帯安楽椅子」

私は目を閉じる。たぶん彼の唇はわたしのそこに降りて来るだろう。けれど降りて来たのは唇ではなかった。私の瞼に雨が降る。私は驚いて目を開ける。そして開いた目でトニの涙を受け止めてしまう。彼の涙は何度も私の瞳を打ち付け、私の視界はかすむ。空はこんなにも晴れているというのに。
山田詠美「熱帯安楽椅子」より

山田詠美はデビュー作の「ベッドタイムアイズ」から一貫して人間の心と体の問題をテーマに作品を書き続けている。
『熱帯安楽椅子』はまさにそんな彼女がこのテーマから真っ向から取り組んだ作品と言えるだろう。
耳の聞こえない少年であるトニは主人公である「私」がバリ島で知り合い、肉体関係を持ったワヤンの友人の弟である。
彼はまだあどけない顔を持つ少年ではあったが、「私」とワヤンの関係に興味を持ち、そしていつしか「私」もトニと肉体以外のところで関係を持ちたいと思うようになる。

ここでこの作品のテーマである、「心と体の関係」が明確に示されるのだ。

この作品は我々人間の根源的な問題である心と体の関係をこれでもか、これでもか、というくらいに深く掘り下げている。

もちろん、結論は示されない。
それは読者一人一人の心に委ねられている。
でも、ぼくはこの作品を読むたびに、いつも自分の心と体の不条理というか矛盾というか、そういったものを感じずにはいられず、何度も何度も読み返してしまうのである。


【DATA】    
山田詠美「熱帯安楽椅子」
集英社文庫『熱帯安楽椅子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<雨景摩天楼>
KEN'S NIGHT 1st Track 02 Autumn in New York