CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 149th ヴァセリンの記憶

 

彼の指が、あのとろりとしたヴァセリンの塊をすくったのです。それが、すべての始まりだったのです。あの黄色のクリームがえぐり取られた後、ぼくは、あまりの恍惚に気を失いかけました。具体的な事柄を覚えていたのは、そこまでです。その後は、まるで関節がはずれたようになり、すべてが、どうでもよくなりました。ぼくには価値観なんて、もうありませんでした。そんなものはすべてつぶされてしまい、ぼくは自分の存在を失わせるものに、身を任せたのです。
山田詠美「ヴァセリンの記憶」
『色彩の息子』より

山田詠美の小説にはゲイがしばしば登場する。わき役として登場する作品(『A2Z』や『アニマル・ロジック』など)もあれば、『ジェントルマン』のように長編小説の主人公として登場することもある。そして、短編小説にも、ゲイがしばしば登場する。
この「ヴァセリンの記憶」もまたそんなゲイを主人公とした短篇小説だ。
これは、まだ自分がゲイであることを自覚していない主人公が、とある先輩とのやり取りをきっかけにゲイに目覚めるという話。
非常に官能的で、そして、温かい作者の視線を感じる作品で、まるでアメリカのゲイ小説(例えばデヴィーッド・レーヴィットのような)を読んでいるような気持ちになる。
この作品はゲイであるなしにかかわらず多くの人に読んで欲しい名作だとぼくは今回改めて読み直して思った。
【DATA】
山田詠美「ヴァセリンの記憶」集英社文庫『色彩の息子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<彩酒摩天楼>
KEN'S NIGHT 1st Track 03 Fly Me to the Moon