CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 262nd 熱帯安楽椅子

 私は楽をしたいと思っている。それは、もしかしたら、また小説を書きたいと思っていることを表わしているのかもしれない。私は、苦悩の中から物語を見出すあのご苦労な人々とは違っているのだから。私の指は役目を失くした怠惰な日常をものにすることで初めて白い紙の上で動き出すことが出来るのだ。私は、あの男を愛したようにペンを持とうとしたから失敗をしでかしたのだ。
山田詠美「熱帯安楽椅子」
『熱帯安楽椅子』より

この「私」というのは、山田詠美自身のことなのではないかと思わせる文章が、この作品の中には随所に登場する。
だから、余計に、読者はリアリティをもってこの作品を読むことができる。
「私」にとって、小説を書くということはどういうことなのか、ということが、この作品を通して断片的にわかっていくのだが、これは、山田詠美が小説を執筆する時の姿勢に似ているのではないかと思う。つまり、この文章から山田詠美の小説を描く時の心持ちというのが断片的にわかる。
例えばこの部分

私の指は役目を失くした怠惰な日常をものにすることで初めて白い紙の上で動き出すことが出来るのだ。

山田詠美の作品は、どこか私小説的な部分が多く、いずれの作品にも本人だと思わせるような登場人物が出て来る。この「私」がまさにこの作品における山田詠美の分身で、そこにこの作品の面白さがあるとぼくは思っている。


【DATA】
山田詠美「熱帯安楽椅子」
集英社文庫『熱帯安楽椅子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<夜景摩天楼>
KEN'S NIGHT 3rd Track 04 Lullaby of Birdland ※ラメ入り