CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 237th Crystal Silence

「もう! あんたも、雑誌やあの女の子たちに毒され始めてる。私が言ってるのって、そんなことじゃないの。たとえば、彼は耳が聴こえなかったわ。でも、私の息を吹きかければ、私が何を望んでいるのかがすぐに解るような耳だったわ。私の息が喜んでいるのか悲しんでるのかが、すぐに判断出来る程に敏感な耳だった。唇もそうよ。音は出なかったけれども、それ以上に私に色々なことを話しかけて来た。私も、いつのまにか努力してた。努力なんて言うと、またくさいって言われそうだけど、どうやって彼に私の気持を伝えようかって、そりゃ努力したもんよ」
山田詠美「Crystal Silence」
『放課後の音符(キーノート)』より

身体性を様々な形で表現している山田詠美は、ここでも、そんな人と人との肉体的なつながりに関する考察を行っている。
言葉を交わすことができない男女の間で、身体の器官はより敏感になり、それによってそれぞれの意志を伝えることができる。そんなことをこの場面では言っているんじゃないだろうか。
言葉を交わせないからこそ、お互いがそれぞれの言葉以外の方法を使って意思伝達を行おうと努力する。そこに絆が生まれるということを詠美はこの場面で証明して見せているのだと思う。
【DATA】
山田詠美「Crystal Silence」
集英社文庫『放課後の音符(キーノート)』
KEN'S NIGHT M5レフィル<海辺夏休暇>
KEN'S NIGHT 2nd Track 4 I Left My Heart in San Francisco