CLUB AMY 365

山田詠美の文章をご紹介。詠美さんご本人の掲載許可済です。

Day 229th 熱帯安楽椅子

 目を閉じることは、決して幕を閉じることと同じではない。私の細胞は記憶力が良過ぎるから。瞼を閉じた時から私の苦しみは始まる。あの男が愛したイタリアの赤ワイン。そして、彼が好んで身に着けた砂色の衣服や私がそれに手をかけた時に生まれる灰色の皺。髭にはえた少量の白い髭とそこから続いている褐色ののど。
山田詠美「熱帯安楽椅子」
『熱帯安楽椅子』より

さらに物語は流麗な文章とレトリックによって紡がれていく。
このシーンでは目を閉じたとしても、記憶力の良い私はその記憶力によって忘れたいはずの「あの男」の様々なことをまざまざと脳裏に浮かべてしまう。
そのことを上記のような文章で表現しているのである。
目を閉じたことにより、外界と遮断され、自分の心の中に記憶がくっきりと甦って来るというのを、詠美なりの方法で表現していて、そこに深い納得が生まれるのだ。
【DATA】
山田詠美「熱帯安楽椅子」
集英社文庫『熱帯安楽椅子』
KEN'S NIGHT M5レフィル<海辺夏休暇>
KEN'S NIGHT 1st Track 01 Blue Moon